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Selfishly

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W`Dな男達 7・8


~~~ 『W‘Dな男達』 act7 ~~~





★ 人はその人生に合った定位置へと、
    就く事が定められているのかもしれない・・・。




「えっーと」
準備してもらった材料を庭に広げ、エドワードは覚えたものと
照らし合わせて行く。
全てが揃っている事を確認し終えると1袋に纏め、預った鍵を使って
間の扉を開けると、余り中は見ないようにして玄関先に放り込む。
「これでよし」
きっちりと鍵を閉めると、次は両の手の平を打ち鳴らせて
外観は綺麗な家の扉に触れさせる。
パァーと邸を包み込むような光が溢れ、それは暫くして発光を止めた。
次に再度手を合わせ同様の所作を行うと、その場を少し離れ邸を眺める。
「片付ける事を考えると気鬱になるけど、・・・やっとかないとな」
溜息を吐き出し、錬成光の治まった特に見た目には変わらない邸を後にする。
市販の物より強力に改良してあるから、効果の持続も長めに考えておかなくてはならない。
密閉した空間の方がより効果が出るので、最初に隙間と言う隙間は塞いでおいた。

―― 要するに、家の中の害虫駆除を行ったのだ。

エドワードがロイの家政夫を引き受けたその日、ロイの邸の徹底クリーニングへの
計画を練った。何の手も打たずにその魔の区域に足を踏み入れるなど無謀だ。
その第一歩は、当然、繁殖しているだろう害虫の駆除だった。
別に虫がそれほど怖いとは思わないが、気持ちの良いものではない。
特に触ったものから飛び出してくるのは、エドワードでなくとも驚くだろう。
朝、ロイとともにホテルの部屋を出て、エドワードは速攻図書館に行き、
必要な情報を集めると、そのまま軍に出向いてそれに使う材料を調達して貰った。
昨夜の内に、エドワードの希望は最優先で整えてもらえる連絡が行き渡っていたのか
すぐさまに材料は集まり、運ぶのさえ手伝ってもらえたのは大助かりだった。
「これで今日の処はする事がないな」
本格的なクリーニングにかかるのは明日からだ。エドワードは待って貰っていた車に
乗り込むと、そのまま司令部へと戻る。




 *****

「ただいま~」
戻ってきたエドワードがそう声をかけて入ってくると、顔見知りになったアリーと
ホークアイ大佐以外の者はギョッとしたような表情を浮かべる。
「あら、エドワード君。終わったの?」
エドワードの今日の行動を聞いていたホークアイが、にこやかに声を掛けてくる。
「ああ。今日のところは他に出来る事ないからな。
 で、先に昨日の解読出来てないのにかかろうかと思ってさ」
ホークアイに勧められるまま執務室のソファーへ腰をかけると、暫くして
アリーがお茶を運んできてくれる。
「ありがとう」
礼を口にしながらカップを受け取るエドワードの前に、ホークアイも腰を掛ける。
「そうなの、助かるわ。エドワード君が昨日解読を済ませてもらったものも
 大助かりだったもの」
「特に対したことはしてないけど」
気負う事無く正直にそう返すが、ホークアイは小さく首を横に振る。
「いいえ。あなたにとってはそうでしょうけど、それに手こずらされている者に
 とっては驚く事なのよ」
困ったような笑みに、エドワードも何と返して良いのかに困る。

国家錬金術師制度の廃止が、思わぬ弊害を呼んだ。
軍から恩恵を得れなくなった途端、優秀な者たちは市井へと帰ってしまったからだ。
急ぐものは私の研究所に頼む事も増えてきたと語るホークアイの言葉に、
エドワードは複雑な思いを持つ。
今の自分なら、然程それに拘る気持ちはないとはいえ、昔ならやはり
そんな待遇の軍には所属しようとは思わなかっただろう。

少しばかりの恩返しとばかりに、エドワードは与えられた解読に励もうと
思っている。


それから少しの時間、彼女と他愛無い話をして与えられた研究室へ戻ると
退出する挨拶を口にする。
「そうだわ。戻る前に閣下の部屋にも寄ってもらえないかしら?」
「あいつのとこに?」
「ええ。渡したいものがあるとかで、こちらに顔を出したら伝えるように言われていたの」
見送りがてら扉を開けてくれるホークアイの言葉に、エドワードは複雑な表情を浮かべる。
「エドワード君?」
どうしたのだろうと呼びかけてくるホークアイに、エドワードは少しだけ躊躇う様子を見せてから。
「んー、別にたいした理由じゃないんだけど。
 ちょっと、今のあいつんとこに行くのは・・・敷居が高いというか」
珍しいエドワードの殊勝な言葉に、ホークアイが面白そうに目を瞠る。
「そう? エドワード君、らしくもない。
 けど、それであの方の所へ寄り付かないような事になったら、あの方、・・・拗ねるかもよ」
楽しそうな彼女の話し方に、エドワードは苦笑しながら「まさか」と否定する。

何故、あの男がそんな事で拗ねるような事があるだろう。
既にTOPまで後一歩の処まで漕ぎつけた彼は、例えエドワードが国家錬金術師を
返上していなかったとしても、雲の上の存在になっていただろう。
軍と離れた場所では、昔のような軽口を叩いてしまうが、
本来ならそんな親しい態度を取って良い間柄ではないのだ。

そんな風に考えている事がエドワードの表情に表れていたのだろうか、
ホークアイはそれは違うと伝えるように小さく首を横に振ってくる。
「エドワード君。階級で縛られるのは、私達軍人だけでいいの。
 あなたは閣下の部下でも何でもないのだから、変な遠慮は不要よ?」
「・・・・・そうは言っても――― 一応、雇い主だけど?」
それでも遠慮を示そうと言葉を告げるエドワードに。
「いいえ、違います。あなたは、こちら側から頼み込んで居てもらってる存在です。
 言わば、救世主ね」
そう言って、茶目っ気溢れるウィンクをして見せる。
「・・・・・救世主って」
思わず噴出しそうになるエドワードに、ホークアイも笑顔を浮かべる。
「いいえ、本当にその通りよ。あんなどうしようもない人を助けるには
 あなた位の度量のある人でないと無理。
 ――― だから、あなただけは変わらずに接して上げて頂戴」
その言葉に、エドワードはホークアイの瞳を覗き込む。
からかいを含む言い方とは別にその瞳には、
心底そう願っている彼女の気持ちが籠められているのが見て取れた。

「そっか・・・・・そうだよな。俺があいつに遠慮する謂れはないか」
彼女の真意を汲んで、エドワードが開き直ったようにそう言い切れば、
彼女も勿論と力強く頷いてくれる。

そんな彼女に迷いを払拭してもらい、エドワードはロイの執務室へと向かって行く。
階を上がり、ぐっと高級感溢れる造りになる廊下には、扉は極端に少なくなって行く。
そして、配置にとにたっている護衛兵に止められる事も無く、目的の部屋へと近付く。
扉の前に立つ兵士が、エドワードの姿を認めた途端、さっと敬礼をすると
扉を開けてくれる。
広い部屋の先には、相も変わらず書類に埋もれている男の姿が見えた。
「よぉ、俺を呼んで立って?」
そう声を掛けながら近付いて行くと、ロイは嬉しそうにエドワードを見つめ返してくる。
「ああ、君か。そうなんだが、まぁ座ったらどうだい?
 お茶でも運ばそう」
そう言って内線電話に手を伸ばそうとしたロイの動きを静止する声をかける。
「茶はいいよ。今しがた、大佐の処で貰ったばかりだしさ」
そう告げると、少しばかり残念そうな表情を見せ。
「そうなのか? ・・・じゃあ、私のお茶に少しばかり付き合ってくれる位はいいだろ?」
と、結局内線で頼んだのだった。


が用意されていたお茶にロイがあり付けたのは、それから暫く経っての事だった。
引っ切り無しにかかってくる外線に内線、扉を叩く音にとエドワードが唖然としている
間も、ロイは辛抱強く対応し処理していく。
そしてやっとソファーに腰を落ち着ける頃には、疲れたような嘆息が彼の口から
漏れたのをエドワードが拾う。
「・・・忙しいんじゃねぇの?」
気遣うように尋ねたエドワードにロイは苦笑して首を振る。
「いつもの事だ。特に今だからという事はないさ」
と本人は気にした風でもなく、日頃のロイの忙しさを垣間見た気になる。
「・・・・・あんなの家が、あんな風になるのもちょっとは判る気がするぜ」
と同情めいた言葉が口から漏れたのだった。
「判ってもらえたようで嬉しいよ。
 で、先に渡しておこう」
そう言って苦笑しながら差し出された物に、エドワードは目を向ける。
「1枚は君の名義の銀行の口座カードだ。
 そして、こちらは家の管理費、生活費を賄う私の口座カード。
 必要なものはこちらから引き出してくれ。残高がなくなるような事は
 無いだろうが、あっととしても直ぐに捕金されるようにしてある」
そう言って差し出されたカードに、エドワードは良いのかと窺うような視線を向ける。
「遠慮は不要だ。君の食費や生活費も経費として賄う条件を提示したと
 ホークアイ大佐が言っていたから、君が気にする事は無い。
 これは君に使ってもらうように用意されたものだからな」
ロイの言葉に頷いて、礼を告げてカードを預る。

それから少しだけ今日の二人の行動計画を話したりしている間に、
ロイの休憩時間も限界が来たようだった。
エドワードは研究室に戻ることを告げて、ロイの部屋を後にした。


その後は定時までとホークアイに約束させられて、昨日の続きをこなし
用意されたホテルの部屋に戻る前に、渡されたカードで必要な分だけを
引き落として、当座の生活の分だけ買って帰る。
その時、思わず目を疑うような残高金額に驚かされる一幕もあったが、
それは極力考えない事にして、ホテルには不似合いな手荷物を持って
用意された部屋に真っ直ぐと帰る。





 *****

昼に図書館に寄った時に、自分用に借りた本を読み始めると
あっという間に時間が過ぎて行った。
明日を考えなくて良いのは、こういう時にはありがたい。
読み終えた頃には、すっかりと深夜近くになっていて、気付けばロイは
まだ帰ってきてはいなかった。

さすがにお腹が空いているのにも気付いて、遅くになった夕食の準備にかかる。
食事はルームサービスでもレストランで食べても構わないと言ってくれてはいたが、
折角のキッチンが付いている部屋を用意してくれているのだ、そんな贅沢は
エドワードの性分には合わず、買ってきた食材で夕食を作ろうと決めていた。

「あいつ、食べてくるよな・・・」
さすがにこんな時間だ。幾らなんでもあの状況でも、軽食位は取ってくるだろうとは
思うが、1人分には多い量を拵えておく。
余っても明日の朝ご飯にすれば良いだろう。

そう考えている合間に、入り口の扉から開錠される音と、扉が開かれる音が聞こえてくる。

「・・・ただいま?」
言い慣れていないのが判る戸惑いを含んだ挨拶の言葉に、エドワードは思わず頬が綻ぶ。
暫くして姿を見せたロイは、さすがに疲れた表情をしている。
「おう、お帰り」
器用にフライパンを操つりながら、エドワードはロイに返事を返してやる。
「・・・・・いい匂いがするな」
エドワードの珍しい様子を驚くより、ロイは鼻をひくつかせてそう呟く。
「ああ、今から晩飯にしようと思ってたんだけど・・・。
 ――― あんたも、食べるか?」
どうしようかと思いながら一応は声を掛けてみる。
すると驚いたように自分に目を向け、ロイは次にはぜひと嬉しそうに返事を返した。


食事の前に着替えてきたら?というエドワードの提案を受けて、
ロイは窮屈な軍服を脱ぐと、セーターとスラックスというラフな服装に着替えて
エドワードの用意してくれているテーブルに座った。
そして目の前に並べられている皿を眺めて。
「・・・豪快だな」
とシンプルな感想を告げたのだった。
エドワードも自身の料理には、ちゃんと自覚はあるようで肩を竦めて返してくる。
「俺に繊細な料理を求めるなよ? そう言う方はアルフォンスの担当だ。
 多分、味は悪くないと思うけど、あんたの口に合うかまではわかんねぇからな」
と念を押してくる。
頂きますの言葉の後に、エドワードは素晴らしい食べっぷりで、自分の用意した料理に
手を伸ばし始める。
大皿に天高く積まれた炒め物と、サラダボールに切って掘り込んだだけのサラダ。
スープは鍋ごとお玉とともにテーブルに置かれて、どうやら好きなだけ飲めと
いう事らしい。
何となく手を出しにくい料理を前に躊躇いを感じるが、すきっ腹に匂いは美味しそうな
料理につられ、ロイは恐る恐る少しだけ手を伸ばしてみる。
別に美食家を気取っているわけではないが、それなりに美味しいものを
食べる機会の多いロイの舌は肥えている。
巷の家庭料理の店にも足を向けることはあるが、ここまで豪快で飾らない食卓は
・・・・・お目にかかった事はなかった。
それでも一口、口に放り込めば驚いた事に・・・・・十分、美味しかった。
最初は少なめに取っていた手が、段々と量を増やしていき、スープもカップに
なみなみと注いで飲んでみる。
シンプルな食材なのに、味は十分にその食材の旨みを出している。



暫く無言で料理を食べ続けているロイを観察しながら、エドワードは内心ほっとした。
自分はこういう食事には慣れているが、ロイは絶対に違うだろうと心配していたのだ。
男所帯の食事風景など、大抵こんなものだ。
見かけより量が優先され、ちまちまと品数を作るよりは一品で腹一杯に
食べれる方が良いに決まっている。
まぁ、アルフォンスはその意見に、進んで賛成はしなかったのだが。

粗方、皿の料理が無くなった頃。
「何とか食べれたみたいだな」
と笑って声を掛けてみると、ロイも驚いたような表情で、
「ああ・・・。見た目には少々怯んだが、味付けは良かった」
と、素直な感想を洩らした。
「そっか。なら良かったよ。こんなんで良ければ、俺の分と一緒に
 作っておくからさ」
「そうか・・・。帰る楽しみが増えるな」
満更嘘でも無さそうなロイの言葉に、エドワードも目を細めたのだった。


皿も片付け終わって、エドワードは伸びをするとロイに声を掛けてみる。
「俺はもう寝るけど、あんたはまだ起きてんの?」
「いや、明日も早いから私も寝るとしよう」
そう言ってくるロイに頷いて、リビングの電気を消す。
「お休み」
「ああ、お休み」
そう声を掛け合って、扉の取っ手に手を伸ばしたところで言い忘れていた言葉に気付く。
「エドワード」
呼びかけられて、踏み出していた足を戻して、顔を覗かせてみる。
「なんだ?」
そう応えて、自分に呼びかけた相手を見てみると。
「ご馳走様、美味しかったよ」
とロイが礼を告げてくる。
態々呼びかけて伝えてくれた気持ちが嬉しくて。
「どういたしまして」
と笑って返したのだった。


パタンと閉めた部屋の中に入って、エドワードは自分が昔と違うのに驚かされる。
昔は何かというとからかってくるロイに突っかかるしか返せなかった癖に、
今は気構える事無く、ごく自然に接している自分の心境が不思議だった。
「俺も大人になったって事かな」
そんな自分に満足感を抱きつつ、ベッドへと足を進めた。






~~~ 『W‘Dな男達』 act8 ~~~





★  他人と暮す空間には、
     未知の発見が一杯溢れている。




(物音・・・と気配?)

まだ半場眠った状態でロイはそれらを知覚した。
それに釣られたように意識が浮上して行く。

目を開くとまだ見慣れたとは言えないが、判らない程ではない部屋の内装が
目に入って来て、数度瞼を瞬かせた後に、起き上がり大きく伸びをする。



「・・・おはよう。早いんだな」
何と声を掛けようかと一瞬戸惑って、起きて会った最初だからと
ごく普通の挨拶を掛ける。
「あっ、起きたのか?
 俺は今日から、いよいよあそこに乗り込むからな。時間が多けりゃ多いほどいいんだよ」
こざっぱりした服装で、朝からきびきびとキッチンで立ち働いている。
「――― そうか・・・。頑張ってくれ」
神妙な気持ちになって、そう激励を送ったロイに、エドワードはおざなりに
頷いて、手に持っていたボールを机の上に置く。
「ああ、精々頑張るとするさ。
 あんたも顔くらい洗ってきたら? 俺、今から朝飯食べるけどあんたも食うか?」
寝癖も付いたままボッーと立ち尽くしているロイに、エドワードはそう声を掛けてみる。
「・・・・・ああ、貰おうか」
寸での処で、朝は食べないと言いそうになったのだが、偶にはいいだろう。
少しばかり早めに目が覚めたから、出勤まで少し時間があることだし。
「判った。飲み物はコーヒーでいいか?」
「コーヒーがいい」
「んじゃ、顔洗ってる間に用意しとく」
そう言ってカップを2つ掴むと、手早く出来るインスタントのコーヒーを淹れ始める。


顔を洗い、ぼさぼさの髪に濡れた手を通す。
身支度をする時には、もう少し念入りに直さないとロイの固い髪では落ち着かないのだ。
今はこの程度で良いだろうと、鏡に映る自分を眺める。
鏡に映る自分の顔は、奇妙な表情を映している。
それもそうだろう。
寝起きに誰かが居た事などなかったのだから。しかも、朝食を食べるのに少しばかりでも
身なりを気にする事など、当然無かった。
そんな環境に戸惑い半分。残りの半分は・・・自分でも意外に思うほど、この状況に
あっさりと順応して受け止めている、自分。
まぁいいかと思いなおして、濡れた手を拭っいキッチンへ向かう。
そして、ふと・・・。
―― 彼の髪は柔らかそうだったな ―― と埒も無い考えが瞬間過ぎって行った。



「もう、食ってんぜ」
ロイの準備を待つ事無く、エドワードは朝からも旺盛な食欲を見せていた。
その食卓の上に並ぶ料理・・・いや、それを料理と呼んでいいのかは疑問だが、
皿に山盛りに積まれたパンと、ボールのままやはり山盛りに積まれたゆで卵と
コーヒーと、凡そ理想的な家庭の朝食の光景とはかけ離れた態を見せていた。
「・・・・・これ全部を朝食に?」
頂きますと慣れない言葉を口にして、取り合えず一番上の小ぶりなパンを取る。
「まさか」
コーヒーを啜りながら、エドワードが笑う。
「残ったのは今日持って行く弁当にするつもり。
 それでも残ったら晩飯の材料にすればいいしな」
ひょいっと何個目かのゆで卵を取って、手馴れた様子で殻を剥いていく。
「そこに有る好きなソースを付けて食べてみろよ。
 結構、旨いぜ」
そう言われて見てみれば、小皿に何種類かのソースらしきものが並べられている。
その内の1つをスプーンで取って、エドワードは自分の玉子に付けて齧っているのを見て、
ロイも見よう見まねで1つ、ゆで卵を取ってみる。
コチンと殻にヒビを入れて殻を剥こうとするが、ボロボロと膜を残しては剥がれにくくなる殻に
手こずってしまう。
「何やってんだよ・・・。貸してみな」
見かねたエドワードが呆れたように言って手を差し出してくるのに、
ロイは少々不本意では有るが、彼の手に転がすようにして渡す。
―― 別に特に食べる必要はないんだ ――
そう自分に言い訳を言い聞かせている最中にも、エドワードは器用に剥き終わり、
ロイの皿に放り込んでくる。纏めて3個ほど剥くと、どうぞと皿を押してくるので
ロイも渋々ながら1つ手にとると、先程のエドワードの食べ方を思い出して
小皿のソースに手を伸ばす。
「赤いのがケチャマヨ、黄色がケチャマス、粒入ってのがマヨ胡椒な」
そう説明してくれた中で、一番食べやすそうな胡椒から手を伸ばし、
少しだけ塗って齧ってみる。
「・・・・・旨い」
胡椒の刺激がマヨネーズで円やかになっている。
「だろ? 意外にケチャップのも旨いんだぜ」
そう言いながらエドワード本人は、そのソースをパンにも塗って食べている。
1つを食べて勇気を持てたので、ロイは次のソースにも手を伸ばしてみる。
ケチャップの方は控えめな甘口で、朝に食べるのには適しているようだ。
「こうやってソースとか多めに作っておけば、保存も利くし味も変えれて
 飽きが来ないんで、俺が良くやってる手だ」
エドワードの食事は終わったのか、自分の分の食器を重ねて片付ける準備をしている。
まだ食べるかと聞かれたので、ロイはゆで卵を頬張りながら首を横に振ることで
返事を返す。幾ら玉子だけだと言っても、3個食べれば朝からでは多すぎる。
ロイの返事を聞いて、エドワードは残ったゆで卵を5個ほどと、パンを3個ほど
包むと用意していたバックに仕舞いこんだ。

「鋼の・・・。それが昼食?」
先程の話から察してか、ロイが少し驚いたように聞いてくる。
「ん? ああ、そうだぜ?」
使った皿を片しながら、怪訝そうにロイを見る。
「――― 質素すぎるんじゃないのかい?」
返ってきた言葉に合点が言って、エドワードは気にした風もなく返す。
「なに贅沢言ってんだよ。卵は栄養価もバッチリな完全食品だし、
 旅してた頃の携帯食料より何倍もマシ。
 手軽に手早く食べれるから、俺の昼って大概これですますくらいだしさ」
そう言って、用意していた大振りのバックを手に元気良く部屋を出て行った。


残り少なくなったコーヒーを飲み干して、ロイはポツリと独り言を零す。
「――― 今日の昼は、ランクを下げるか・・・」

最近は軍の食堂で済ませている昼食。値段によって違うランチが選べる。
本日のマスタング大将のランチは、いつものAランチではなくCランチだったそうだ。




*****

「よし! 突入するか!!!」

完全武装をして気構え十分、エドワードは恐る恐る魔の巣窟に足を踏み込んで行く。
ここに入る為に準備した物は、丈夫な長靴と丈夫なゴム手袋と軍手。
軍の支給品を使えたので、長靴を錬成してゴム手袋を作る。
――― 要するに、少々サイズが余ったからだ。――

エドワードのクリーニング計画は万全だ。
ちらりと中を覗いた様子から弾き出し、掃除の前の準備もしておく。
三角巾で鼻を覆い、後ろでで括る。
ギギギギギと嫌な音を立てて開いた扉の中は、・・・やはり先日見たままだった。
「兎に角、片すスペースを作んなきゃな・・・」
生活スペースでもない場所で足の踏み場も無い有様なのだ。中に入れば、片付ける前に
キレて錬金術で分解したくなる事だろう。

・・・何故、入り口に盛大な蜘蛛の巣があちらこちらにあるのだろう?
頭の上の蜘蛛の巣からは、昨日の害虫駆除の成果がぶら下がっている。
箒で払い落とすと、周囲に積み上げられ山となっている靴の類を用意したダンボール箱に
放り込んで行く。
高級な革靴も、こう黴だらけになっていては置いておく気がなくなる。
どうせあいつの金だと開き直って、使い古しはどんどんと放り込む。
異様な臭気が立ち込める中、扉全開にしてエドワードは黙々と仕分けの作業を続けるのだった。



午前中一杯かかって、新品と廃棄物に仕分けられた靴たちその他もろもろ。
読まれもしないで放置されていってた新聞、郵便物の束。
「くっそー! これ取れなくなってやんの」
下敷きになっていた底の部分の新聞は、何度も湿けった結果か床にへばりついている。
剥がすのは後だと、エドワードは掻き分けるようにしてゴミ達をよけて行く。

何とか玄関の仕分けが終わった処で、外に出て気丈にも持ってきていた昼食を食べる。
「入り口であれなら、進めば進むほど時間食うだろうなぁ・・・」
エントランスの階段に腰を掛けながらパンを齧る。
入り口付近には、さすがにトラップは少ない。
だからさくさくと作業を進められたが、奥へ行けば貴重品・稀少品の数々のトラップが
混ざりこんでくるだろうから、仕分けに要する時間は何倍もかかりそうだ。
気が重くなりそうな行程を考え、エドワードは大きな溜息を吐き出す。
「・・・考えててもじゃーないか」
そう呟いて立ちあがる。中腰での作業の所為か、節々が軋んでいるのを感じながら
大きな伸びをして、今度は運び出す作業の為に足を向けた。



*****

「ううう~、か、体が痛い・・・」
風呂から上がったエドワードは、よろよろとソファーに辿り着いて、
崩れ落ちるように座り込む。
運び出すのにも何十往復もかかったゴミ達に体が悲鳴を上げていた。
「ちょっと、体力おちてっかなぁ・・・」
この一年は研究に明け暮れていた所為か、体が鈍ってしまっているようだった。
組み手をしたくても、相手する人間もいない。
「今度の休みの時にでも、軍で誰かに相手してもらうか」
そんな事をつらつらと考えていると、お腹が盛大な不満を訴えてくる。
「作んの面倒くさい・・・」
のろのろと起き上がり、備え付けの冷蔵庫に行って中を覗く。
大きめの鍋に水を張り火をつける。湯が湧くまでの間に、取り出した野菜類を
簡単に下拵えして大振りに切ると、ブイヨンと一緒に放り込む。
肉はサッと炙って大きめに切り分けると、それもポイポイと放り込む。
こうしておけば、後は灰汁を適当に取って行けば、最後に味付けして終わりだ。
固くなってるパンを漬して食べれば、結構腹が膨れる。

灰汁を取りながらぼんやりしていると、昼の疲労が押し寄せてくる。
そんなエドワードが、コクリコクリと舟を漕ぐようになるには
そんなに時間もかからなかった。



「――― の・・。鋼の」

肩を揺すられ顔を上げてみれば、心配そうに覗き込んでいるロイの顔が見れる。
「・・・んっ?」
寝ぼけ眼で見上げてくるエドワードに、ロイは「大丈夫か?」と気遣ってきた。
「―― ああ、そっか・・・。お帰り」
「・・・ただいま。一体、どうしてこんなとこで寝てるんだい?」
「んー? 晩飯出来上がるのを待ってたら、寝ちまったみたいだな。
 今、何時位なんだ?」
キョロキョロと部屋を見回すエドワードに、ロイが告げる。
「もうじき日付が変わる頃だ」
「えっ? マジ? 結構、寝ちまってたんだ・・・」
時間を聞いて驚くエドワードの様子に、特に問題はないと判って、ロイが
ホッとしたように外套を脱ぐ。
いい香りが立ち込める部屋に期待して入っていけば、机に突っ伏すようにエドワードが
伏せていて、かなり焦った。
朝に元気に出て行った姿を見ていたので、余計にギャップが激しすぎたせいだろう。

「あ~あ。かなり煮詰まってる・・・」
鍋の蓋を開けて、エドワードのガックリした声を聞きながら着替えの為に
自分の宛がわれた部屋へと向かう。
背中越しに「晩飯、食うかー?」と掛けられた声に、「頂くよ」と返し、
扉を開け放ったまま、着ていた軍服やシャツを脱いで捨て置いて行く。
ズボンまで手を掛けた時に、いきなりの背後からの声には驚かされた。
「ちょっと待てよ。あんた、それ片付けない気か?」
怪訝そうに後ろを振り返ってみれば、お玉を持ったままエドワードが
表情を顰めて立っている。
「それ?」
何を指しているのだろう?と首を傾げるロイに、エドワードは大きな溜息を吐いてみせる。
「その下になってるシャツとかそれ以外のって、昨日のだろ?
 何でそのまま床に放置してんだよ?」
えおう言われて、エドワードが何を指して言っているのかに気付いた。
「・・・一応、軍服やズボンは除けるが?」
毎日取り替えない物は、さすがに床には置いたりはしない。
「そんなん当たり前だろ! 俺が言ってんのは、そのままになってるシャツとか
 靴下とかだ。ランドリーBOXが有るんだから、そこに入れるだけだろ。
 ほれ、さっさと持って行く!」
「ランドリーBOX?」
果てどこにあっただろうか?と考えているロイの表情から、エドワードはがっくりと
肩を落とす。
「入り口近くに有ったじゃないかよ。毎回通るのに、何であれに気が付かないんだ・・・?」
そうだっただろうか? が、エドワードがそう言うのだから、きっとあるのだろうと、
ロイは「判った」と返事をすると、気が済んだのかエドワードは部屋から出て行った。



キッチンに戻って水を足した鍋の沸き具合を確認して、最後の仕上げに掛かる。
「ったく。あんなんだから、家がごみ収集所みたくなるんじゃねえか」
たかが3日ほどであの様子では、月日を重ねれば重ねるほど恐ろしい事になるわけだ。
自分の汚した物は、自分で片付ける。同様に食べるものも、壊したものも、
エドワードの師匠はスパルタ方式で叩き込んでくれたおかげで、片付けれないのは
書籍関係だけとなったことを、今ほど感謝した事は無い。
そんな物思いに浸っていると、汚れ物を持ったロイが呼びかけてくる。
「鋼の。どこに放り込んだらいいんだ?」
その声に振り向いて、場所を指す。
「入り口の右手の奥まった棚に有るだろうが」
「そうか」
言われたとおり素直に足を向けるロイの手に持たれた衣類を見て。
「ちょ! ちょっと待て!!」
慌てて声を掛けたエドワードに、ロイはまだ何か有るのか?と足を止めて
エドワードの方を窺ってくる。
「まさか・・・あんた。その・・・・・パンツも出す気か?」
そう言われてロイは抱え持っている衣類に目をやる。
別に出して困るような奇抜なデザインや色ではないと思うが・・・。
「ごく普通の物だと思うが?」
「そうじゃない! そうじゃなくてぇ~」
どう言ったら通じるのだろうかと考え込んでいるエドワードとは別の理由で、
ロイも困惑したまま立ち止まっている。
暫くして、はぁ~と盛大な溜息を吐き出してエドワードが説明する。
「・・・パンツ位、風呂に入る時にでも洗えよ。
 洗って干しときゃ、明日には乾いてるからさ」
「洗う? なんだ、下着はクリーニングには出せないのか?」
知らなかったと呟くロイに、エドワードはそうじゃないと続ける。
「・・・出せるよ。けどさ、嫌だろ? 他人に自分のパンツを洗われるのって」
そう言うエドワードの心境が、ロイにはいまいち判らなかった。
「―― 別に構わないんじゃないか? 手で洗うわけでもあるまい」
洗濯機と言うものがあるのだ、それ程迷惑でも手間でもないはずだ。
「い~や! 洗う方は絶対、嫌だ!!
 そんなモンに、金を払うのももったいない。風呂に入った時に洗え」
そう断言されてしまうと、ロイも深夜に言い合いする事でもないかと、
教えられたBOXには下着以外の衣類を入れて、残った下着を部屋へ持ち帰る。
ポイっと隅に放り出すと、頭から消し去ってしまう。

手を洗って食卓に着くと、空の深皿が置かれている。
「そこに適当にパンを千切って放り込んでくれよ」
エドワードにそう言われて、朝出て行った時のまま積まれて固くなったパンを
千切って入れる。
どうするのかと思えば、その上から鍋の中身をかけて皿を満たして行く。
ゴロゴロと大振りな野菜たちは、皮が付いたままの物も混ざっている。
「・・・豪快だな」
昨夜と同じ感想を零して、頂きますを合図に食べ始める。
食べ始めると驚くのだが、味は悪くない。
悪くないどころか美味しいと言っても差し支えないのが、驚く。
「昨日もそうだが、美味しいのが不思議だ・・・」
「ああ、それアルにも良く言われてた。
 別に手を掛けるだけが料理じゃないって事だな」
エドワードは出来栄えに満足しているらしく、スプーンを動かす手を止めずに
返しながら、もうお替わりしている。
「しかし、これだけの味付けが出来るんだから、もう少し盛り付けとか形に
 拘れば素晴らしいんじゃないのか?」
お替りはと聞かれ、皿を差し出してロイがそう告げると。
「別に美味いもん食べれて腹が膨れれば問題ないだろ?
 余計にゴタゴタした手間かけるのって、面倒でさ」
「・・・・・君の錬成とは逆だな」
可笑しそうにそう言ってやれば、「言ってろ」と頬を膨らませて料理をかっ込んでいる。


「ご馳走様でした」
「お粗末様。食器はシンクまで運ぶこと。これが食べた時のルールな」
そう言われて、頷いて食器を持ち上げる。今までなら面倒くさいの一言で放置していても
気にならなかった自分だから、言われて素直に運んでいるのは随分の進歩だ。

―― 作った人が居るからか・・・――

目の前に作った人が居れば、食べ散らかしたままでは悪いと思ってしまうものなのだと
ロイは初めて気付いたのだった。
「俺はもう寝るけど、あんたは?」
昨日と同じ問いかけに、ロイは「寝酒を飲んでから休む」と返す。
「んじゃ、先に休ませてもらうな」
「ああ、お休み」
部屋へと歩いて行くエドワードの背中を眺めながら、彼は飲めないのだろうか?と
言う疑問のまま声を掛けてみる。
「君も一杯飲まないか?」
ロイの呼びかけに、エドワードは少しだけ意外そうな表情を見せ。
「・・・俺は未成年だって。それにあんま強くないから、今日は遠慮しとく」
「そうか・・・」
今日はという事は、明日は大丈夫なのだろうか。
また、明日も声を掛けてみようと思いながら「お休み」と再度呟いた。
扉を閉める寸前に、エドワードが思い出したように振り向いて話しかけてくる。
「そう言えば、さっきのパンツ置いたままにしておくなよ?
 ちゃんと洗ったか、明日確認するからな!」
そう念を押してきたエドワードの言葉に、ロイは目が真ん丸になる。
「いいな!」
そう言ってから扉は閉められた。

「・・・・・確認って・・・」
エドワードの言葉を反芻しながら、ロイは茫然とそのまま座り込んでいた。



 



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